自然と音楽。音楽家こそエコ活動すべき(!)理由とは

こんにちは。あや姉です。
私が勤める会社では、毎朝部署ごとに行われる朝礼の中で「1分間スピーチ」の時間があります。(3ヶ月に1度出番が回ってくるのですが、何回やっても緊張するんです、これが。。)スピーチ担当は各日1名で、曜日ごと定められたテーマに沿って1分間で何かしらお話ししなければいけません。先日私は“エコの日”のスピーチ担当を拝命しましたので、これを機に音楽とエコについて考えてみました。

ちなみに・・・、通常の“エコ”とは「自然環境保全」や「環境問題対策」などと定義されることが多いですが、ここでは広義に「自然や環境への意識」とさせていただきました。悪しからず・・・・。

 

想いをつなぐ、そして新たに蘇る。~TSUNAMI VIOLIN~


自然と音楽・・・と考えたとき、すぐに頭に浮かんだのはヴァイオリン製作者の中澤宗幸氏らが中心となって発足したTSUNAMI VIOLINのプロジェクトでした。2011年3月の東日本大震災の際、津波によって流木が積み上げられ、被災地の至るところに瓦礫の山が出来ました。けれど、これは決して“瓦礫”ではないと。これらの流木の元は、家屋の床柱や梁だったり、その地で人々の暮らしを見守り続けた大木であったり、その1本1本に人々の生活や歴史や想いがたくさん詰まっているはずなのです。そんな流木を集めてヴァイオリンとして生まれ変わらせたものがTSUNAMI VIOLINです。形は変われども故郷の記憶や思い出を、ヴァイオリンの音色に託して語り続けたいという中澤氏の想いのもと始まった活動になります。復興と再生、そして未来へ・・・との願いが込められたとても心温まる活動です。

 

「ZURE」・・・自然に調律されたピアノ


2017年3月に坂本龍一氏が発表した新譜「async」の収録曲の1つに「ZURE」という曲があります。この「ZURE」には、東日本大震災で津波によって被災した宮城県名取市の高校の体育館にあるピアノが使用されています。坂本氏が視察した際の写真を見る限りでは、体育館の壁は成人男性の胸の高さ程の位置に泥水の跡が残っており、おそらく一時はピアノが丸ごと海水に浸かったのであろうことが伺えます。もはや修理不可能な状態で見るも痛々しいピアノですが、坂本氏はこのピアノを「自然によって調律された状態」だと語りました。そもそもピアノは木や鉄、象牙など、自然のものから作られており、今まさに津波によって自然に帰された状態であると。実際に「ZURE」を聴くと、その音は“音”であっても、“音色”とは程遠いように感じます。暗く重たい流れの中に、1つの撥音が響き、徐々に不協和音(自然によって調律された響き)が聞こえるその曲は、非日常であり、けれどそこにある“音”をそのままの“音”として受け入れることで何か魂が共鳴するような、とても印象的な曲でした。

 

音楽家とエコ活動は両立できるか?


東日本大震災をきっかけとした2つのプロジェクトを知り、音楽家こそもっと自然や環境保全に対する興味や意識を持つべきだと感じました。もちろん私たちは、自分が使う楽器が木で出来ていることを1日だって忘れることはないのですが(だからこそ楽器の使用や保管には相当の気を遣うわけで・・・!)、けれど、その木を育む環境や山や森、海川などの自然について考えることは少ないのではないでしょうか。ともすれば私たち音楽家は、楽器をよりよい状態で保つために、除湿機やエアコンを24時間稼動させたり、飛行機などを利用して個人で楽器を運搬する場合には楽器用に座席をもう1つ余分に確保したり・・・と環境保全とは間逆の行動を取らざるを得ません。楽器を大切に扱っているつもりが、楽器を育む自然を壊してしまっては元も子もありませんね。だからこそ、音楽家は“楽器は自然からの預かりもの”という意識を持って、少なくとも音楽から離れた生活圏では、資源を大切に使う、リサイクルを徹底するなど、出来ることから意識していくべきだと思いました。

 

今回、スピーチの準備を通して、音楽と社会との繋がりや関わり方について、音楽家自身がもっと深く考えるべきではと感じました。音楽を学んでいると、学ぶべき楽曲や資料の多さについ音楽だけに没頭しがちですが、あくまで音楽は大きな社会を構成する1つの要素だと捉えることで、今まで気がつかなかった新たな音楽の可能性に出会えることもあるのではと思います。

 

 


2017年12月12日 | Posted in BLOG | タグ: , , No Comments » 

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