【音楽業界キーワード】最上川ミュージック花火から見る地方創生と音楽のかかわり

花火

―――月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり。
これは、元禄文化期に活躍した俳人・松尾芭蕉の紀行文『おくのほそ道』より、序章の一文です。
この作品では、芭蕉が旅先で感じたことを5・7・5の俳句にしたため、文章とともに紹介されています。
その中でも有名な一句があります。

五月雨(さみだれ)を 集めて早し 最上川

これは、彼が山形県の最上川を訪れた際に詠んだ句です。
季節は初夏に差し掛かった頃でしょう。彼は最上川を訪れ、川下りを体験した際に、五月雨(梅雨の雨)を受けた最上川の豪快な急流を下ったため、その自然の様子を詠み上げたようです。

さて、今回はそんな大自然・最上川を舞台としたあるイベントについて、お話をしたいと思います。

 

最上川×花火×音楽!?


2011年の東日本大震災により東北地方の観光需要が落ち込む中、その影響は最上川を取り巻く地域にも及びました。元来、最上川では川下りが行われてきましたが、これだけでは観光客を呼びこむことは難しく、大きな観光資源である最上川の活用方法について、地元でも議論されていました。そんな逆境の中にあった戸沢村に新たなる息吹を吹き込んだのは、旅行・観光を主たる事業とするある企業との出会いでした。その旅行会社より、「音楽と花火を融合させたイベントをやろう!」を戸沢村で行おうと持ちかけられたのです。
そして、そのイベントに賛同した村議会や関係者を村長自らが住民を説得して回り、村内外の多くの人々の協力を得る形で最上川ミュージック花火は2014年9月に実施されることとなりました。結果、イベントは大成功。山形県北部に位置する人口約5000人の戸沢村に、ミュージック花火を観に、県内外からおよそ1万8000人もの観覧客が集まりましした。60分に及ぶプログラムでは一万発もの花火が音楽と連動して打ち上げられ、観る人々に未知なる感動を与えたことでしょう。

 

ずばり、「ミュージック花火」の魅力とは!?


元々、高い集客力をもっている花火イベント。それに最新のコンピュータシステムを用いて音楽が組み合わされることで見事なシンクロを生み、新たなエンターテインメントとして昇華されたものがミュージック花火です。そこで用いる音楽は映画音楽やフィギュアスケートで使用された音楽といった誰もが親しみを持ちやすい曲を多用しつつ、プログラム全体にストーリー性を持たせるなど、細部に工夫が凝らされています。更に、最上川の雄大な自然を活用し、幅200メートルにも及ぶ川を横断する大きな打ち上げ砲台や美しい花火が流れ落ちるナイアガラ花火が圧巻のプログラムを演出しています。これはまさに会場が最上川であったからこその演出と言えるでしょう。
そうした、さまざまな付加価値を花火イベントに組み込むことによって、村人口の三倍もの人々が有料であっても観に行きたいと思えるような一大イベントとなったのでした。

 

ミュージック花火を成功へと導いた「鍵」とは!?


これだけ大きなイベントを行うのは始めてであった戸沢村。では、このイベントをこれほどの成功へと導いたものは何だったのでしょうか。それは、他に例を見ない魅力的なプログラムであったということの他に大きく2つの理由も大きかったと思います。

(1)地域住民の理解と協力
一つ目の理由が、地域に住む人々の理解と協力があったことです。先述のように、イベント開催にあたって村長が自ら関係者を説得したということに加えて、企画した旅行会社でもイベント準備から運営、実施後の清掃などを全面的に協力する形で、地域住民への理解を得ました。それによって、地域の人々も一丸となって協力体制を築くことに成功し、結果として彼らにとってもまたやりたいと思えるようなイベントを実施するに至ったのです。

(2)警察・消防との連携
二つ目の理由が、警察と消防との連携があったことです。最上川には、その川岸に沿う形で国道47号が走っており、通行規制ができない状況にあったため、当日は警察に交通整理を行ってもらうことが必要不可欠な条件でありました。また、火を取り扱うイベントであったため、消防との連携も同様でした。それらの関係部署と事前に連携し、調整・協力することでイベントを円滑に、且つ安全に実施ことができたのです。

 

第2弾!進化したミュージック花火


2014年に開催され、大きな反響を受けた最上川ミュージック花火ですが、地元住民や周辺自治体からの希望もあり、2015年にも再び実施されることになりました。しかも、その内容は昨年から更なる進化を遂げたのです。具体的には、実行する主体を“旅行会社”から戸沢村を中心とする“周辺自治体”へとシフトすることによって、より地元のカラーを生かしたイベントが可能になりました。それによってミュージック花火をメインのイベントに据え、それに先立つ形で地元の特産品の販売や飲食、各地域で保護されてきた伝統芸能の公演をはじめとするさまざまなステージイベントを行うことで、地域密着型イベントへと昇華したのです。
また、このミュージック花火の評判を知り、2014年には最上川だけでなく福島県でも行われるようになりました。戸沢村での成功を受けて、ミュージック花火が他の地域でも興ることになったのです。

 

これからの地域活性~往く川の流れは絶えずして~


今回取り上げた最上川ミュージック花火は、地域の中で模索していた新しい観光資源の利用を、外部の企業がバックアップする形で成功を収めたものでした。そしてそれは一度きりのイベントではなく、地域が取り組む行事としての展開を目指して、次の年も行われたのです。
最上川の急流の如く、外部の人々が培ったノウハウが五月雨として地方に流れ込み、そして往く川の流れを豊かにしたのです。そして、その流れは決して止まることなく、常に新たなる水が流れ続けているのです。
これからの地域活性の方法の一つとして、今回の事例のように、地域に住む人々にとっては当たり前に存在するものの魅力に、地域内外の誰かが気付き、それを新しい形で利用することによって地域の活性化を促すというものがあります。そしてそれは、地域に住まう人々の活気となり、その活気が地域を更なる発展へと導くのではないでしょうか。

近年では、ミュージック花火のように地方創生の方法として音楽が注目されています。では、なぜ音楽なのでしょうか。
私たちにとって音楽とは古くより生活と共にありました。そして今日でも、それは変わりのない普遍的な文化です。つまり、人々にとって音楽とは身近に存在するものなのです。それであるからこそ、地方創生の一つの方法として音楽は受け入れられているのでしょうか。


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