【バレンタイン特集♡】作曲家が残した愛の形

ヴァレンタイン,クラシック,曲,作曲家

こんにちは!
もうすぐ、世界中が愛にあふれるバレンタイン・デーがやってきますね。みなさん、大切な人にチョコレートを贈る準備は整っていますか?今回は音楽家と愛にまつわるエピソードをいくつかお送りしながら、クラシックの素敵な3つの楽曲をご紹介いたします♪

 

ベートーヴェン:ピアノソナタ第30番 作品109


ベートーヴェンというと、とても偏屈で、怒り出すと身近にある物を投げつけて癇癪を起こす!なんてエピソードが有名ですが、一方で、愛する女性と作品作りには大変誠実で、時には紳士的に、時には無邪気に振舞うこともあったそうなのです。死後発見された彼の恋文には『不滅の恋人』という記述が見られますが、宛名が無いため相手が一体誰なのか未だに判明していません。彼は教養の高い高貴な女性を好む傾向があったので、大抵は身分の違いから引き離されてしまうことが多く、熱い想いも実らず生涯独身のまま幕を閉じました。そんな愛と哀しみに満ちた苦しい人生ですが、その失恋のおかげで(と言ったら怒られそうですが)素晴らしい作品が数多く生み出され、私たちは今も彼の偉大な音楽を通して、より深く大きな愛を世界中の人々と共感することが出来ます。

さて、今回取り上げるのは、そんな恋心から生まれた一曲、作品109のピアノソナタです。ベートーヴェン晩年のソナタですが、彼のお気に入りの才女マクシミリアナ・ブレンターノ嬢に献呈されています。ブレンターノ家はベートーヴェンと深い関わり合いがあり、経済的な支援をしてくれたり、出版社との交渉を引き受けてくれたり、彼の大変良き大切な理解者でした。彼はその感謝の想いを込めて、娘のマクシミリアナに曲を贈りますが、そこには自身の歌曲「遙かなる恋人を思う」から引用したメロディが慎ましく忍ばせてあり、美しいメロディの中から突如現れてくる激しい音の波からは、彼の真摯で時に複雑な心情を垣間見ることが出来ます…。

 

シューマン:献呈


シューマンもまた、彼の日記や手紙などから様々な恋の物語が残されている作曲家です。そんな彼が青年期から若くして生涯を閉じるまで一心に愛し抜いたのが、ピアニストの妻クララ・シューマンでした。

シューマンは厳格なピアノ教師フリードリヒ・ヴィークに、住み込みでピアノを師事していましたが、7年ほど経った頃、これまで兄妹のように仲良くしてきた娘のクララと恋に落ちてしまいます。それを知ったヴィークは「才能あるクララを主婦にするつもりはない!」と二人の結婚に激しく反対し、ありとあらゆる策略や嫌がらせをして二人を引き離そうとします。シューマンとクララは5年に渡り辛抱強くヴィークの説得を続け、その中で当時既にピアニストとして広く名声を得ていたクララは、演奏会で愛するシューマンのピアノソナタを演奏するなど、遠距離の際も彼らは音楽で繋がりを強めていきました。そして最終的にはシューマンがヴィークを相手に裁判を起こし、やがて勝訴してクララとの結婚を叶えたのです。

そんな困難を乗り越える中で、彼はクララからインスピレーションを得て歌曲の作曲に夢中になります。困難の渦中にあった1840年には数々の名作を含む120曲以上の歌曲作品が生み出され、「歌曲の年」とも呼ばれています。そして、その中の一つ、歌曲集「ミルテの花」の第1曲目として、結婚前夜クララに贈られたのが、今回取り上げる「献呈」です。彼らの結婚式には、この曲をピアノ独奏に編曲したフランツ・リストもやってきましたが、彼が献呈をピアニスティックに演奏すると、クララは気分を害してしまい「技巧は時に、音楽の崇高さを失わせてしまう」とリストに言い含めたといいます。こうした面からも、クララがどれほどシューマンの音楽を深く愛していたかが伺われますね。どうぞ下記の歌詞をご覧になりながら、この幸福な音楽に耳を傾けてみてください。

 

献呈(君に捧ぐ)
僕の恋しいひと 僕の愛しいひと

君こそ僕の喜び 僕の苦しみ
君こそ僕の生きる世界
君こそ僕の目指す天国
ああ、君という墓に僕は
悩みを永遠に埋めてしまった

君こそは憩い 君こそは安らぎ
君こそ天から授けられたひと
君に愛されて 僕は生き甲斐もわく
君に見つめられて 僕は輝く
君に愛されて僕は伸びゆく
僕の恋しいひと 僕の愛しいひと

 

マーラー:交響曲第5番 第4楽章「アダージェット」


ルキノ・ヴィスコンティ監督による映画『ベニスに死す』でとりわけ有名になった、この「アダージェット」。交響曲第5番は「死の嘆き」や「生の勝利」といった重いテーマを感じさせる作品ですが、この交響曲を作曲する最中に出会ったアルマ・シントラーと瞬く間に恋に落ちたマーラーは、交響曲の構成を変えてまで、この「愛の楽章」を挿入し、アルマに贈ったといいます。

幼い頃から音楽の才能を認められ、この頃ウィーン・フィルの指揮者として多忙な日々を送っていたマーラーでしたが、ベートーヴェンやシューマンを自らの編曲によって演奏したり、君主的な態度で楽団をまとめたことにより、保守的なウィーン市民や楽団員と折り合いが悪くなってしまい、辞任してしまいます。ユダヤ人であった彼は宗教的差別にもあい、深く心を痛めていたことでしょう。そんな折、知人に招待されたサロンで出会ったのがアルマでした。アルマの家は画家や芸術サロンの主宰者など芸術に深く通じた家庭であり、彼女もまた作曲家を志す若き才女でしたので、彼女と交際して4ヶ月が経った頃、マーラーは「私の音楽を貴女自身の音楽と考えることはできませんか?」と彼女に結婚の意を伝えます。彼女は自身の夢を投げ打ってでもマーラーと人生を共にすることを了承し、この交響曲でも清書やパート譜の作成を手伝いました。マーラーも彼女の意見を取り入れるなどして、二人の愛の結晶は言葉通り、二人の手によって完成されたのです。後に、マーラーが厚く信頼を寄せていた指揮者のメンゲルベルクによれば、彼は書簡の中でこのような詩を綴っているといいます。『私がどれほどあなたを愛しているか、我が太陽よ、それは言葉では表せない。ただ我が願いと、そして愛を告げることができるだけです。』

 

【おまけ】セリーヌ・ディオン:My Heart Will Go On


先月、カナダ出身の歌手セリーヌ・ディオンの、夫でマネージャーのレネ・アンジェリル氏の訃報が伝えられました。生中継された大規模な葬儀の様子をご覧になった方もいたのではないでしょうか。

元々自身がミュージシャンであったレネはマネージャーに転身後、セリーヌの両親が送ってきた当時12歳の彼女のデモ・テープを聴き、一瞬にしてその才能に惚れ込みます。そして自宅を担保にしてまでデビューに必要な資金を調達し、セリーヌの歌を世界に届けることにその生涯を捧げ、彼女を支え続けたのです。咽頭がんでレネが倒れた時、セリーヌは彼の看病のため活動休止を宣言しますが、がんが移転しほどこしようが無くなったことを知った彼女は、またラスベガスのステージに復帰する決意をします。その理由をインタビューでこう答えています。『愛する人が弱って助けを求めているときに泣いてなんかいられない。脚が震えてしまうかもしれないけど、今私がすべきことは、「子供達は私がしっかりと育ててみせる、あなたはもう何も心配しなくていいの、私は大丈夫よ。」と示すことなの。』

レネは自分で食事を摂れなくなってからも、彼女の公演のために仕事を続けました。そして、彼の最期の望みは『葬儀は今後も人生で最愛の人であり続け、最大の敬意を持っていたアーティストであり、最後の息を引き取るまで光と幸せを与えてくれた女性と21年前に結婚する場として選んだノートルダム聖堂で営んでほしい』というものでした。その望み通り、葬儀はノートルダム聖堂で国葬として執り行われ、SNSを通して世界中の人々に見守られました。セリーヌ・ディオンという奇跡の歌姫を世に送り出してくれたレネ・アンジェリル氏に、カナダ国民をはじめ世界中の人々が感謝の意を示した、とても心打たれる出来事でした。
今回は1997年に公開された映画『タイタニック』の主題歌となり、アカデミー歌曲賞も受賞した「My Heart Will Go On」をお届けします。「愛する彼を亡くしても、私の心の中で愛は生き続ける」という歌詞が映画と現在のセリーヌの心両方に響いているように感じます。

 

さて、今回の愛の特集はいかがでしたでしょうか?
どんな偉大な音楽家たちも、恋や失恋を経験しながら成長し、音楽を世に送り出す一つのエネルギーとしていったのですね。恋って、人間にとって本当に大きな原動力になるんですね!
みなさんも、周りの方々への感謝という愛を胸に、素敵なバレンタイン・デーをお過ごしください!ヽ(●´∀`●)ノ

 


2016年02月12日 | Posted in コラム | タグ: , No Comments » 

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です