蝶々夫人と長崎 ~愛を貫いた気高き女性が見た風景~

【写真】グラバー園

こんにちは。あや姉です。
年末の長崎旅行に大感激だったので、長崎旅行記②も書いちゃいます!

(長崎旅行記①はこちら⇒アナと雪の女王と長崎~日本人が初めて西洋音楽に触れたとき~

長崎って、本当に西洋音楽との縁が深いところなんです。

音楽大好きな皆さんなら、長崎発祥のオペラといえばお分かりですよね・・・?
そう、プッチーニの「蝶々夫人」です。(ちなみに・・・、恥ずかしながら、私はすぐに思い出せませんでした。泣)

そんな私のようなうっかりさん(?)向けに、下記に少しだけ蝶々夫人のストーリーをご紹介します。

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【蝶々夫人】
長崎に滞在していたアメリカ海軍中尉のピンカートンは、没落士族の娘である蝶々夫人と結婚します。しかし2人の甘い結婚生活は長くは続かず、ピンカートンは日本での滞在期間を終えて、母国に帰ってしまいます。ピンカートンとしては日本にいる間だけの軽い気持ちの結婚でしたが、蝶々夫人は「また戻ってくる」というピンカートンの言葉を信じて一途に帰りを待ち続けます。夫の帰国後に生まれた、父を知らない息子とともに。

3年後、ピンカートンは再び長崎に戻ります。しかし、ピンカートンの横にはアメリカ人の本妻がいたのです。そして、蝶々夫人との間に出来た息子を引き取ると申し出ました。そこで全てを理解した蝶々夫人は息子の幸せを願いつつ、自身の誇りを守るため、父親の形見である短剣で自ら命を絶ったのでした。

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このストーリーだけで涙出ますね><。
ピンカートンは女の敵です><

さて、そんな蝶々夫人のモデルになった人物を皆さんはご存知でしょうか?

色々な説はありますが、現在一番有力なのは、イギリスの商人トーマス・グラバーの妻である「談川ツル」という女性です。トーマス・グラバーといえば、長崎の観光地の一つ“グラバー園”で実際に暮らしていた人物です!

※ちなみに、蝶々夫人のストーリー自体は創作の可能性が高く、トーマス・グラバーは73歳でその生涯を終えるまで、日本でツル夫人とともに生きました。亡くなった後は、長崎市内の国際墓地にツル夫人とともに埋葬されているそうです。

そんな縁もあり、長崎のグラバー園には蝶々夫人にまつわる見所がたくさんあるんですよ!!

<グラバー園内の蝶々夫人にまつわる見所>
◆プッチーニの大理石像
◆プッチーニの胸像
◆世界的プリマ・ドンナ「三浦環の像」
◆戦前のヨーロッパで活躍したオペラ歌手「喜波貞子の生涯展」(旧リンガー邸宅)

・・・・etc.

【写真】(小)三浦環の像(グラバー園HP_フリー)

三浦環の像(グラバー園公式HPより)

また、個人的に感動したのは、グラバー園から見える海と長崎の風景。

【写真】グラバー園(風景)

きっとプッチーニのオペラの中の蝶々夫人は、長崎のこんな風景を見ながら、夫の帰りを待ちわびたんだろうなぁと思うと感慨深かったです。

夜になると園内中のイルミネーションとともにグラバー園から見る長崎の夜景が本当にロマンチックで、音楽好きな方にもそうでない方にもとってもオススメです。

どこかに旅行に行く際は、事前にその地域にまつわる文化・芸術を調べておくと、さらに有意義な旅になるかもしれませんね♪

 


2015-01-27 | Posted in BLOGNo Comments » 

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