【音楽業界で働く!】シリーズ 第1回 ~音楽業界で働くための事務スキルとは?~(公益財団法人 神奈川芸術文化財団 伊藤由貴子様インタビュー)

【伊藤由貴子様 プロフィール】

青山学院大学文学部教育学科卒。1984年朝日新聞社の文化事業「朝日カルチャーセンター」入社。趣味・実技・舞踊から教養まで幅広い分野で社会人向け講座を企画・運営。2000年公益財団法人神奈川芸術文化財団入社。県立音楽堂アシスタント・プロデューサー、財団広報等を経て、2006年音楽堂プロデューサー、2009年から音楽堂館長を兼務。2018年8月より財団本部事務局次長。

はじめに:公益財団法人 神奈川芸術文化財団とは?


神奈川県民ホール、KAAT神奈川芸術劇場、神奈川県立音楽堂の各施設を指定管理者として管理・運営(施設運営、貸し館事業、主共催事業の企画・制作等)、また神奈川県の文化創造・発展、芸術発信のための地域と連携した取り組み等を行っている芸術文化財団です。(神奈川芸術文化財団のHPはこちら

 

音楽業界で働く!必要なスキルは?


ミュージックメイト(以下、MM):「私は音大の学生時代に、学内で開催されていた音楽業界に関するキャリア講座や企業説明会、企業インターンシップ等に参加していました。しかし、将来の“働く”に備えて、学生時代からどんな準備や勉強を始めたら良いのか、はっきりとイメージできないことも多くありました。今まさに、私と同じ気持ちの学生さんもいるのではないかなと思い、音楽業界の情報を学生さんに発信すべく、本日伊藤様にお時間を頂いた次第です。早速ですが、音楽業界で働くにあたって、ずばり必要なスキルとは何でしょうか?」

伊藤様(以下、伊藤):「ありがとうございます。私の仕事柄、音楽大学の学生さんとご一緒する機会もありますが、“音楽業界で企画制作をしたい!”と仰って下さる学生さんは多いですよね。そんな学生さんに私がいつも言っているのは、意外かもしれませんが、公共ホールでの仕事には“まずは事務スキルが大事!”ということです。」

 

企画を実現するための事務スキルとは?


伊藤:「たとえどんなに素晴らしいコンサートのアイデアを持っていたとしても、意欲だけでは実現しませんよね。特に公共ホールでの仕事の場合、企画書、稟議書、申請書等々、書類が重視されるシーンがたくさんあるのです。それができないと実施には結びついていきません。しっかりした書類が作成できるかどうか、がスタートラインともいえます。」

MM:「しっかりした書類とは、どのようなものでしょう?」

伊藤:「読んだ方に、こちらの意図がきちんと伝わること。そして、その気持ちを動かすようなものです。例えば助成金の申請ならば、相手が求めていることを的確に把握して定められた書式に書き込むことはもちろんですが、助成金を交付する団体の方に「この企画にお金を出したら成果がありそう」と思っていただけるよう、書類に説得力がなければなりません。また、公演の売り込みや広報的な文章にもスキルが必要です。依頼文も、企画書も、短いキャッチコピーや内容文なども自分で書くのですが、読む側に興味を持っていただくために、わかりやさや、アプローチしたい対象に合わせTPOを意識した文章にする必要がありますね。それと “正確さ”も重要です。なぜなら、1つの誤字脱字、計算間違いによって信頼を失うこともあるからです。私たちのような公益財団は、県の税金を頂いていることからお金にはとても厳しく、10円動かすにも書類が必要だったりします。公共施設の指定管理者として芸術文化の事業を任せていただけるのも、的確な書類を作成することも含め、事務をしっかりやっているからこそ。一見、華やかさとは相反するように思うかもしれませんが、このような様々な地道な準備が無ければ、実際の制作やプロデュース、公演や舞台にはつながらないのです。」

 

公共ホールの業務はまるで主婦のような仕事!?


伊藤:「これまでこの仕事をしてきて『似ているなぁ…』と思うのが、主婦業ですね。家庭のお財布をにぎりながら、晩御飯の献立や家族の健康管理、衣替えもあれば家のリフォームもあるし、ご近所付き合い、そしてマンションのローンや老後の資金計画等々…同時にたくさんのことを、並行して考えているわけでしょう。私たちの仕事も全体の資金収支を勘案しながら、目の前のことから将来に至るまで様々なことを考えなければなりません。」

MM:「具体的にはどんなことを同時に進めているのでしょう?」

伊藤:「たとえばホールをお使いになる日々の利用者への対応、1年後の利用の受け付けや事務処理、施設を安全に心地よくご利用いただくための清掃、機材点検や修繕、委託業者の管理、そして県に提案する5年10年単位での改修計画の立案もしています。また主催公演でしたら、複数の公演について、企画・契約・広報・宣伝・助成金申請・協賛の募集・当日の運営、そしてそれらのプロセスで発生するもろもろの経理処理まで、様々な業務を(もちろんスタッフが分担・協力して)並行して行っています。神奈川県では指定管理者に任される期間は5年単位なので、その間の自主事業の計画と実施を繰り返しながら、次期指定管理募集に備えた構想も練っています。」

 

“オープンマインド”であること


MM:「事務的なスキル以外に、人柄や心がけとしてはどんなことが大切でしょう?」

伊藤:「演奏家は演奏で人の心を動かしますが、私たちは演奏会を開催することを通じてお客様の心を動かさなければなりません。そのためには、お客様への接し方、アーティストが演奏しやすい空間づくり、運営スタッフ間の連携、あらゆる事態に備えたマニュアル整備など…ホールは人命を預かるわけですから、AEDの使い方・避難訓練の徹底も必須事項です。そして終演後には、お客様に “帰り道の景色が今までとまるで違って見える”、そんな気持ちになっていただきたいと思って仕事をしています。人柄としては、人と話すのが好きであること。いつも笑顔でいられること。何より“オープンマインド”であることが大切です。」

 

学生時代から出来るアクションとは?


MM:「書類作成からお客様サポートまで、公共ホールの仕事は本当に幅広い要素があるのですね。そこで冒頭の話に戻りますが、公共ホールで働きたいと思う学生さんが学生時代から出来る努力としてはどんなものがあるでしょうか?例えば…レポートをきちんと一生懸命仕上げるとか、簿記の勉強もいいかもしれませんね。コンサートの自主企画もスキルにつながりそうです。」

伊藤:「どれも力になると思いますよ。レポート1つでも“きちんとやる”を厭わず、読み手の身になってわかりやすく、きれいに、誤字脱字なし、にこだわって仕上げること。“これでいいや”だと力になりません。音大の学生さんでしたら、音楽を演奏で表現するだけでなく、その感覚を活かしながら文章での表現力も身につけることが大切です。また、一見華やかに見える業界かもしれませんが、やはり事業は数字が支えています。お金のことがわかっているのは強みになるので、自主企画のコンサートをやるのならしっかりコスト意識を持ってやるとか、興味のある方には簿記の勉強も良いかもしれませんね。」

 

日本の音楽業界のこれから


MM:「最後に、伊藤様がお仕事されていらっしゃる中で、音楽に対する聴衆や演奏家の変化など、近頃特に感じられることはございますか?」

伊藤:「これから“多様性”がキーワードになってくることを強く感じています。東京2020オリンピック・パラリンピック開催の影響も大きいですよね。かつてのクラシック音楽は限られた人のもので、教養や裕福さのステータスのような印象がありました。しかし今は、子供から高齢者、障がい者、外国人まで、境遇によらずすべての人が音楽に簡単にアクセスでき、そして音楽を楽しんでいただけるような社会であるべきだと思います。そんな社会を実現すべく、私たちも小さな手助けをしていけたらと考えています。そして、音楽そのものも素晴らしい“多様性”を持っていますよね。1つの楽曲のアプローチ方法も、アーティストごとにまったく違うわけです。「こんな表現もあるんだ」「こんな音楽もあるんだ」という発見は、音楽・芸術を好きになってもらえるきっかけとして、多くの方々へ、そして次の世代へと伝えていかなければなりません。」

MM:「芸術を世の中に発信していくためには、広く社会にアンテナを持っていることもやはり大切ですよね。本日は大変貴重なお話をありがとうございました。」

 

後日記:インタビュアー感想


音楽業界で仕事をしていく上で、「“音楽が好き”というだけではやっていけない」ということを改めて感じました。音楽事業に携わる1人1人が、音楽や演奏会の持つ意味・必要性を理解し、それを届ける熱意を持っていることが、自分だけでなく周りの人をも“オープンマインド”にするきっかけになるかもしれません。

また、公共ホールで働くのに簿記の知識が役立つことも驚きでした。もしも何かの資格取得を検討されている学生さんがいらっしゃれば、簿記の勉強を始めてみるのはいかがでしょうか?ただし、簿記検定の試験日は1年に3回しかありません。本格的に簿記検定の準備を進める際は、まずは試験日を確認して、試験日までのスケジュールをしっかり立ててから、計画的に勉強を始めてみてくださいね。

 

 


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